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山形地方裁判所 昭和34年(ケ)133号 決定 1962年2月06日

債権者 有限会社マルカ商店

債務者 青山東二郎

主文

一、最高価競買人星丑松に対する競落はこれを許さない。

一、本件新競売期日を昭和三七年二月二十一日午前九時と定める。

理由

第一、事実

一、本件記録に徴すれば、次の事実が明らかである。

1、債権者有限会社マルカ商店は、債務者青山東二郎に対する金三六三、二〇一円の貸金債権及びこれが遅延損害金債権を担保する、青山和七所有の別紙目録<省略>記載の不動産に対する抵当権に基き競売を申し立て、当裁判所は昭和三四年一二月一九日右競売手続の開始決定をなし、爾来三回の競売期日を経て、昭和三五年八月二日の競売期日に至つたこと。

2、鑑定人の評価によれば本件不動産(付属の炊事場と便所を除く)の評価額は計金八〇五、〇〇〇円相当であつたが、右八月二日の競売期日における最低競売価額は計金五八七、〇〇〇円であつたこと。

3、右八月二日の競売期日において、星丑松が右最低競売価額をもつて最高価競買人となり、同日これが保証金として金五八、七〇〇円を差し入れたこと。

4、しかし、同月四日の競落期日は職権で同月一六日に延期されたうえ、同日右星丑松に対しては競落を許可しない旨の決定がなされたこと(しかし、これに対し即時抗告があり、右決定は取り消されて事件が差し戻されたことは上述したとおりである)。

二、そこで、当裁判所としては再び、右星丑松に対し競落を許可すべきか否かを審査することとなつたのであるが、同審査の基準とすべきは、競売法第三二条によつて準用せられる民事訴訟法第六七二条及び第六七四条二項但書に該当する事実の有無であるところ、殊に本件においては右第六七二条の第二号及びこれに対応する右第六七四条二項但書掲記の事実の有無が問題であると思料せられるので、以下この観点から当裁判所の調査の結果をみるに、それは次のとおりである。

三、先ず、青山和七、中川とし子、後藤八重野、鈴木清三郎及び青山市太郎に対する当裁判所の各審尋の結果によると、次の事実が認められる。

1、前記最高価競買人星丑松は、かねて仙台及び山形を中心として不動産売買業等を営んでおり、同じく山形において不動産売買業等を営んでいる青山市太郎とは、昭和三五年春頃当裁判所における不動産競売で知り合うに至り、以来両名は、その事実たる不動産売買ないしは裁判所における不動産競売等について親密に相協力して利益を挙げてきた。

2、本件競売事件については、これが存在を先ず星丑松において知り、これを青山市太郎に伝え、星が主導的な立場にたち、青山がこれに協力することとして、前記昭和三五年八月二日の競売期日に星名義で競買を申し出で且つその保証金を納めたが、その後その半額が青山より星に交付されている(なお将来も、本件不動産につき、実質上は共同競落の予定であつた)。

3、右競売期日の翌日か翌々日(即ち、競落許可のある前)、星は青山市太郎と共に山形市近辺の東根市に赴きその帰途、本件競売物件たる別紙目録記載の宅地、建物に立ち寄ることとし、同日昼過ぎ同所に到着した。

4、ところで、右宅地建物は青山和七において昭和三四年夏本件債務者から買い受け、以来空家にしていたものであるが、同人は昭和三五年七月初旬頃より、中川某(工員。家族は妻とし子と子供二人)並びに後藤八重野(日雇。家族は子供一人)に右建物を各間貸ししていた。

5、星及び青山市太郎の両名が前記のように同所に赴いた際、これに応待したのは右中川某の妻とし子であるが、両名は同女に対し、初対面であるにもかかわらず名刺を出すなど自己の氏名や真実の職業などを伝えることもなく、いきなり「裁判所から来た者だが、誰の許しを得てこの家に住んでいるか」「この家は我々が買つたもので、もう和七の家ではないから一日も早く出て行つてもらわねばならぬ」などという趣旨のことを申し述べた。

6、次いで両名は、その足で所有者たる青山和七の宅を訪ね、同人に対し、これまたいきなり「星丑松が土地建物を買つたので、もう貴方に権利はない」、「我々からこれを買い戻す気持はないか」という趣旨のことを告げたので、同人は大いに驚き且つ両名を如何にもブローカーのように感じたので暫く考慮していたが、そのうち「幾ら位ならば売るのか」と尋ねたところ、両名は交々「貴方が買い戻すのなら、できる限り安くする。それでも六七、八万円位になるだろう」と述べたが、右和七が「それではなんとも仕様がない」としてそれ以上とり合わなかつたので、両名とも同家を去つた。

7、右両名が同家を去つた後、前記中川とし子から話を聞いて驚いた夫の中川某や前記後藤八重野等が急ぎ和七宅に駆けつけて前記5の事実を訴え、これに対し右和七は、その際も又その日の夜右間借人のところを訪れた際も、心配することはないと話したのであるが、以上の出来事にすつかり驚き且つ不安になつた間借人達は、いずれも生活が苦しい状態であるのに急拠他に移転先を求め、同月(八月)中に本件家屋より立ち去つたことの事実が認められる。

四、次に、有賀文雄及び前記青山市太郎に対する当裁判所の審尋の結果によると、星丑松及び青山市太郎については本件の外に次のような事実が認められる。

1、星丑松及び青山市太郎は、上記にも判示したとおり、かねて当裁判所等の競売事件に各単独又は非協力して関係することが多かつたが(このことは当裁判所に顕著な事実でもある)右青山市太郎の審尋の結果によると、星丑松の流義は、従来においても不動産の競売においてその最高価競買人になると、未だその競落許可決定がなくても(従つて当然、代金納付――それは任意競売事件にあつては所有権の完全な取得を意味する――の以前であつても)、当該不動産の所有者等に会うことが多かつたとみられること、又、昭和三五年春頃、ある競売事件で星と青山市太郎の両名が右の如く競売期日後、競落許可決定前に当該不動産の所在場所に赴いた際、その途中で星が「裁判所から来た者だ、といおう」と提案したが、青山が真相の発覚をおそれて反対したので取り止めにしたことがあつたこと、しかしこれに対し、星は「では債権者から来た者だ、といおう」といい出し、実際にもそのように述べたことがあつたこと等の事実を窺うことができる。

2、また当庁民事訟廷事務主任たる有賀文雄の審尋の結果によると、星丑松及び青山市太郎の関係した競売事件について、債務者等から裁判所に苦情ないしは相談を持ちかけられたことが昭和三五年中に二件あつたということである。一件は債務者兼所有者が鈴木哲四郎なる者の事件で、同人が裁判所に任意やつて来て語つたところによれば、星や青山は同人やその家族に対し、裁判所から来た者であるような口振りで乱暴なもののいい方をし、殊に家族を脅迫するような言動を示したので、同人は困惑且つ立腹し、裁判所に苦情を述べに来ると共に、人権擁護委員や警察等にも訴えたと語つた由である(ちなみにこの事件は、「合法のミノ着て暗躍する競売ブローカー」「安く買つて暴利、弱みにつけこんで脅迫、ゆうゆう裁判所を横行」などという見出しの下に、同年八月七日付山形新聞に詳細採りあげられるに至つた)。他の一件は債務者結城某の事件で、同債務者の妻及び娘がこれまた裁判所に任意やつて来て語つたところによれば、星等は競売期日の直後に右結城方に来たり、立退要求をしたり、「金を幾ら出せば、示談にして戻してやる」と述べたと語つた由である。なお青山市太郎については、右の外にも、債務者あるいは所有者からの訴えにより、前記訟廷主任が同人に注意を与えたことが二回程あるとのことである。

五、なお、当裁判所は星丑松をも審尋しそのいうところをきいたが、その結果のうち以上の認定に反する部分は、上記の各資料と対比してにわかにこれを措信し難いところであり、他に以上の認定を左右するような資料は見出せなかつた。

第二、判断

一、そこで、以上の事実に基き、果して右星丑松に本件競落を許可すべきか否かを考えるに当り、先ずその前提として、右判断の基準となる上記民事訴訟法の諸規定について、その立法趣旨や内容を検討しておくべきであろう。

二、さて本件の如きいわゆる任意競売事件についても、上記のとおり競売法第三二条によつて、強制競売に関する民事訴訟法第六七四条、第六七二条等の諸規定が準用される訳であるが、右第六七四条二項本文は、当該競売事件について「第六七二条第一号乃至第八号ニ掲ケタル事項ノ一アルトキハ職権ヲ以テモ競落ヲ許サス」と述べ、しかして右第六七二条は、その第二号において「最高価競買人売買契約ヲ取結ヒ若クハ其不動産ヲ取得スル能力ナキコト」なる事由を掲げ、更に前記第六七四条二項の但書は、同項本文の場合(即ち職権による競落不許の場合)には、「(第六七二条)第二号ノ場合ニ於テハ能力若クハ資格ノ欠缺カ除去セラレサルトキニ限……ル」と定めている。

ところで、右の各規定を解釈適用するにあたつては、不当に拡張された目的解釈はもとより許されないが、しかし反面不当に右各規定の文言に囚われた文理解釈も亦当を得ないものといわなければならない。要は、法律行為ないしは競売等に関し各実定法の具体的規定に顕われた法の精神ないしは態度をとおし、右規定の文言に即しつつその正当なる立法趣旨を理解し、これに基いてその解釈適用を行うべきことに帰するものというべきである。

以上により、以下各実定法の規定をみるに、民法第一条は、権利の行使における信義誠実性の要求と権利濫用の不許を宣言し、同法第九〇条は、公序良俗に反する法律行為は無効であると規定している。そしてこれらの規定は、競売、就中実体的な権利変動に直接関係する競買申出や競落の分野には当然適用ないしは準用があるものとせねばならぬ。更に刑法は、その第九六条の三において、「偽計若クハ威力ヲ用ヒ公ノ競売又ハ入札ノ公正ヲ害スヘキ行為ヲ為シタル者」及び「公正ナル価格ヲ害シ又ハ不正ノ利益ヲ得ル目的ヲ以テ談合シタル者」を罰する旨定めている。これはとりもなおさず、公の競売は公正に行われるべきことを大前提とし、これを国家的な保護法益として強く守ろうとする法の精神ないしは態度を如実に示すものというべく、このことは競売に関する諸規定の解釈適用にあたつて充分尊重考慮されなければならないところと考える。更にまた民事訴訟法自体も、その競売に関する規定中において、競落人が代金支払をなさないときの再競売に関し、「再競売ヲ為ストキハ前ノ競落人ハ競買ニ加ハルコトヲ許サス且競買ノ保証ノ為メ預ケタル金銭又ハ有価証券ノ返還ヲ求ムルコトヲ得ス」なる旨の規定を設けているが(同法第六八八条五項)、この規定は、従来競売事件においていわゆる競売ブローカー星の行つてきた不当違法な行為を少しでも防止せんがために、前記刑法第九六条の三等とともに、昭和一六年に新しく設けられたものであつて、その眼目とするところは右刑法の場合と同じく競売の公正を図りこれを維持せんとしたものであり、このことも亦他の競売関係の規定の解釈運用にあたり充分尊重考慮しなければならないところである。

そこで、以上によつて考えるに、競売における公正性の要求は法の強く考えるところであり、したがつて裁判所としても競売法規の解釈適用にあたり、この観点からの充分な考察配慮をなすべきものと思料せられるところ、前記民事訴訟法第六七四条、第六七二条の如きは、競売事件において競落を許すべきか否かの基準を示す最も重要な規定の一つであつて、右各規定の解釈適用にあたつては、徒らにその文言に囚われることなく、能う限り上記判示の法の精神に沿つた解釈を施すのが相当であると解されるのである。

そうしてみると、右第六七二条第二号及びこれに対応する第六七四条但書にいう「最高価競買人売買契約ヲ取結(ぶ)能力ナ(く、その)能力ノ欠缺カ除去セラレサルトキ」とは、単に右競買人が民法にいう法律行為能力を有しないような場合のみでなく、当該競売事件において右競買人に民法第一条、第九〇条又は刑法第九六条の三などに違反するような行為があり、そのため当該競売の公正が害されて右競買人に競落を許すべきでないような場合をも包含する趣旨であると解するのが相当である(なおこの点につき、東京高等裁判所昭和三三年八月七日決定・下民集第九巻八号一五二九頁及び競売事件において最高価競買人となつた者に、真に代金を納付して物件を競落する意思のないのに競買の申出をした事実のあることが裁判所に明らかになつたときは、裁判所は、民事訴訟法第六七二条第二号の法意に徴し、右の者を競落人として競落許可決定をすべきものに非ずとする大審院昭和三年一一月一日判決・刑集七巻七一九頁並びに、岡藤秀夫著「競売法」-法律学全集第三九巻-一五七頁に示された見解及びそこに掲記せられた各資料と司法研修所調査綴書第七号三〇八頁に示された調査結果等参照)。

三、そこで、以上の見地から、本件において、その最高価競買人となつた星丑松につき右の如き不当違反の事実が存するか否かをみるに、上記第一において認定したところによれば、右星丑松にはかねて競売の公正をみだすような行為があつたことが充分窺われるところ、本件競売事件においても、同じくかねて競売の公正をみだすような行為のあつたことが窺える青山市太郎と共同のうえ、未だ最高価競買人となつたにすぎない段階で、競売代金の完納による所有権の取得はもとより(そして同人等は、任意競売にあつては、代金の完納により始めて所有権を取得するとの裁判所の判例及び実務を熟知していると認められる)未だ競落許可決定すらないのに、すでに所有権を得たものの如く装い、しかも「裁判所から来た者だ」などと称して、家屋の間借人に「一日も早く出て行くよう」申し向けたり、所有者に対して競落価格より高額の買戻しを示唆要請したりして、これらの者に多大の不安と苦痛を与え、また裁判所ないしは裁判所の行う競売に対する不信感を生ぜしめるの結果を招き、且つ自らは公の競売制度を不当に利用して利益を得んとした事実が充分窺われるのである。

思うに、競売事件において、債権者や債務者所有者等の権利利益の保護とならんで、競買人又は競落人の権利利益も亦充分尊重されなければならぬことはいうまでもない。また、競売なる制度が、これら競買人等の出現によつて実際に具体化し、進展していくとの実際面での効用も亦無視する訳にはいかないであろう。しかしながら、それはあくまで、当該競買人等が競売の公正をみだすような行為をしない場合のことでなければならぬことは、すでに上述したところより明らかである。これを本件についてみるに、本件競買人たる星丑松には、本件につき前記のとおりの事実があり、該事実は民法第一条、第九〇条に反し、その結果右の者は本件競売の公正を害したものであることが充分認められるから、かかる者は本件競売につき競買人、競落人としての法的保護を受けるに価しないものといわなければならない。

しからば、上述したところにより、右最高価競買人星丑松は民事訴訟法第六七二条第二号前段にいう「(本件競売につき)売買契約ヲ取結(ぶ)能力ナキ」最高価競買人に該当し、しかも右能力の欠缺は本競落期日に至つても除去せられざる性質のものであるから同法第六七四条二項但書の要件をも充足するので、同条二項本文により職権をもつて右星丑松に対する競落を許可しない決定をなすべきものである(なお本件の場合は、民事訴訟法第六七六条にいう「更ニ競売ヲ許ス可キトキ」に該るので、同法第六七七条一項の規定と対比し、この場合は右第六七六条の規定のみに従い職権をもつて新競売期日を定めれば足り、且つ、同期日指定の決定には右競落不許可の趣旨が包含されているものと解して足りるようにも思われるが、凡そ競売事件における競落不許可決定のもつ重要性・その効果――例えば民事訴訟法第六八四条参照――等を考えれば、やはり右のような場合においても、その決定の主文において、新競売期日の指定の外、競落不許の宣言をなすのが相当であると考える。この点につき大阪区裁執行事務協議会大正一三年一〇月九日決議・執行便覧三六七頁参照)。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 小谷卓男)

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